7月18日 るみばあちゃん の 讃岐うどん。

香川での取材2件め。
高松市内から空港に向かって20分くらい
クルマを走らせたところにある『池上製麺所』。
広い駐車場にクルマを停めて店の中へ入ると
ここのシンボルでもある『るみばあちゃん』が笑顔で迎えてくれた。
まだ開店前、若いお弟子さんたちとうどんを踏んでいるところだった。
午前10時になり、のれんがかかると
近隣の県外ナンバーのクルマがぞくぞくと入ってきて
あっというまに行列ができた。

なんとシンプルな商品構成。
ここで修行した若者が地元に帰って店開きする
手書きの告知ポスターも貼ってあった。

アツアツのうどん玉に、きざみネギをパラリとトッピング。
汁の入った容器のノブをシュッシュッシュッと3回押して、
箸でズルッズルッとたぐって150円也。
製麺所だけあって、シコシコというよりも
柔らかくてモチモチした麺はうまかった。
片付けをしてると、すでにきょうの昼の分は完売になり閉店となった。
夕方には、また開店するとのこと。
るみばあちゃん、御年76歳。
お客さんとの写真にはだれにでも笑顔で応えていた。
いまは亡くなられた、
元国鉄の職員だったご主人と二人で、
リヤカーでうどん玉を売りながら始めた『池上製麺所』は
昨年、創業50周年を迎えた。
7月15日 京浜東北線
6月28日 第7回本格焼酎・泡盛横浜大選集

ことしで7回めとなる、焼酎のイベントが
みなとみらいの大さん橋ホールであった。
去年につづいて2回めの参加。
ことしは去年よりも増えて、
沖縄、九州をはじめ神奈川まで39蔵400銘柄がそろった。
内容、進行ともにだいたい去年と同じようだったけど
入場者数は去年よりずっと多いと感じた。
司会者のスタート!の合図とともに参加者は目星の焼酎に群がり
入場者の多い分、料理も早いうちになくなっていった。
ざわざわとまとまりのない流れは
それはそれでいいと思うけど、
もし、焼酎をもっといろんな人に楽しんでもらおうということが
いちばんの目的だとしたら
前売り5000円、当日6000円という入場料は、ちょっと高いと思う。
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まだ陽の高いうち、しかも休日ということと
前日というか、今朝未明まで野毛で仕込んだ酒が体の中に残っていた
ということで酔いも早い。
しかも生で呑む。
ある酒蔵が提供する冷えた仕込み水が、
体中にしみわたりいちばんおいしかった。
6月30日 上野の森美術館『井上雄彦最後のマンガ展』

雨の月曜日、
通勤電車のJR京浜東北線に乗り
横浜で降りずにそのまま上野へ。
上野の森美術館で開催中の
『井上雄彦最後のマンガ展』にいった。
というか、いけなかった。
10時30分頃、JR上野駅に着きそのまま上野公園に入ると
長ーーーーーーーーーーい、行列があった。
まさか、とおもったらそのとおりで、
行列の最後尾の係員から、
入場券を買ってから並んでといわれ、入場券売場へ。
売場の窓口は空いていて、すぐに買えそうだったけど、
一応、係の人に今からだとどのくらいで入場できるかと聞いたところ
「ん…、3時間くらいですかねぇ。」
…、迷うことなくあきらめた。
やはり、あきらめ組なのか
大きなポスターのまえで女の子二人連れが写真を撮っていた。
井上雄彦!
スラムダンクもバカボンドも
マンガとして楽しんだことはないけど
小雨まじりの月曜日というにこの行列。
ここまで人を引きつけるのかと
絵師としての大きさを実感した。
洞爺湖サミット直前だからか
上野駅周辺は制服の警官があちこち目についた。
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(追記)
前日の日曜日に会社のスタッフがいったところ
当日の入場券を買うためだけの長い行列に並び
結局、自分たちの順番がくる前に
当日の入場定員に達したため
2時間もならんで、入場券を買うことすらできなかった。
6月20日 自由が丘『桃と蓮』

1年ぶりに『桃と蓮』が復活した。
東横線自由が丘と目黒線奥沢の間、奥沢神社の向かいの一角。
世田谷区奥沢2丁目。
渋谷1丁目で初めて『桃と蓮』を開いたのが、3年前の七夕の日。
それから2年間の営業で昨年7月、一旦幕を閉めたあとのオープン。
きょうは渋谷『桃と蓮』での常連さんへのお披露目会で
久しぶりの再会の場になった。
なかには、短い間ながら『桃と蓮』で知り合ったのんべい仲間で
親睦会的なグループもできていて、
yoshiがマスターとして立つ、きょうのこの日を待っていた。
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追記(6/26)

オープン4日目。
お客は渋谷時代の客が数人だけの静かな店内。
自由通りを通る人たちは横目でみながら通り過ぎていく。
その中に、いつか常連さんとして通ってくれる人もいる。
一応、一日に一組、二組は一見さんがきてるとのこと。
3年前、渋谷でオープンしたばかりの頃を思い出した。
どうやったら客が入ってくるかと
yoshiと看板の見え方、照明の明るさ、メニューを表にだしたらとか
いろいろ思案したこともあった。
そのときは、あの繁昌ぶりは想像もつかなかった。


