某日 横浜野毛『パパジョン』 PaPa

先週末、野毛で呑んでるとき
パパジョンのパパ(マスター)が亡くなったことを知った。
その日は、ゆく先々の店で、
パパが亡くなったことを悼む声を聞いた。
野毛で呑む人にとって
何百軒かある店の中、「パパジョン」にいったことはなくても、
知らないという人は、たぶんいないんじゃないかと思う。
「パパジョン」の顔というだけでなく、
野毛の顔といわれる人だった。
10年くらい前に初めていったとき、
野毛らしく垣根のない店で、一見ながら気さくに迎え入れてくれた。
タバコを吸おうとパッケージからだして、指にはさんだとたん、
よそを向いて話してたはずのパパが
その瞬間を待ってたかのように
ライターに火を点し目の前にスッともってきた。
一瞬、えっ、なに…、
それがここのスタイルのひとつと知った。
よくみるとどこで買ってくるのか、
いろんな面白いカタチや大きさのライターが並んでいた。
そこにパパの遊び心と客への思いやりを感じた。
お盆も正月も休まない。休日なし。
昨年8月には、連続営業10000日を達成した。
年が開けて、この前までその記録は更新し続けていた。
ここの常連といえるほど通ってはないけど
パパとの思い出のひとつとして、
何度か囲碁の相手をさせていただいた。
こちら始めたばかりの初心者とベテランの対決で
いつもあっさりと負けていた。
ときどき深夜に別の店で
客としてのパパに遭遇したりもした。
しばらくはメインの常連さんたちで混むだろうから
落着いた頃に顔をだしたい。
「ご冥福をお祈り申し上げます。」
某日 横浜野毛「山荘」

カウンターの席に着くなり、
「久しぶりだねぇ。」
バーテンダーのジローさんから言われた。
「お兄さん方、初めて?」
御年ことし87歳になられるマスターから言われた。
それくらいご無沙汰していた。
久しぶりの「山荘」。
野毛に通いはじめた頃、
世界のカクテル「山荘」と書かれた緑色の電飾のある
山小屋風の一軒家の前にケンタッキーのカーネルサンダースのような
オジサンがいつも銅像のように立っていた。
しばらくは、いつかいこうと思いながら前を通るだけだった。
半年ぐらいして初めて入ったとき、
想像してたよりもアットホームな雰囲気で
マスターのMr.カーネルサンダース氏のほうから
気さくに話しかけてこられた。
それでラクになり、ときどき顔をだしていた。
店内はバーというより古いスナックのようなつくりで
懐かしいジュークボックスが今も現役で
ドーナツ盤をかけてくれる。
職人ジローさんがシェーカーをふり、
マスターは山荘の象徴として
いまでもカウンターに席をとり
お客さんの話し相手として現役でいる。
絵に描いたようなマスター然とした風貌、体躯
野毛を代表する顔の一人。
某日 横浜野毛「野毛通信社」 のろさん

野毛通信社という名のバーがある。
元々はオーシャンバーとして50年間続いた「バラ荘」。
2006年7月に閉店した。
そこを居抜きでそのまま引き継いだのが「野毛通信社」。
仕切るのは、同じく野毛ですぐ近くにあった、元「波の上」のママ、のろさん。
「波の上」も沖縄料理の居酒屋としてのろさんのお母さんの代から
50年以上続いた野毛の老舗だった。
「バラ荘」が閉店したのとほぼ同じ頃、「波の上」も閉店した。
「波の上」を閉めた後、すぐに「野毛通信社」を開店したことになる。
名前のとおり、自費で「野毛新聞」「野毛通信」を発行している。
沖縄系ハマッ子ののろさん、野毛の町の話になると、熱く、語る。
じつは、「野毛通信社」めったにいかないんだけど
外観の壁、ドアまわり、窓、
また店内の壁、天井、テーブル、カウンターそのどれもが
昭和の匂いを放っていて、好きな環境です。
1月某日 横浜野毛「厘」看板三人娘

野毛の本通りを日の出町側に渡って、
ちょっと人通りが少なくなったところに「厘」がある。
週末はいつも混んでて入れないときもある。
きょうは平日。大丈夫かとのぞいてみると
給料日前で、ふところの寒いときにもかかわらずほぼ満席。
しかもカラオケ大会真っ盛り。
またこんどにしようかと近くをひとまわりしたけど、結局入る。
今年初めての「厘」。
5年前の暮れ、呑み友と野毛で呑んで
2軒めの店をどこにしようかと散策していて
たどりついたのが「厘」。
まだママのカヨさん(まん中の人)がひとりできりもりしていた。
小腹が空いてたので、メニューの中から焼そばを頼んだ。
ママが厨房に入りつくってカウンターにでてきた。
ひとくちふたくち食べて、ウ〜ン…、これって
ふだん料理しない俺でもつくれるんじゃないかと思わせた。
失礼ながらママに正直な感想を言わせてもらった。
そのとき、それを怒ることもなく明るく受け入れてくれた。
(といまでも思ってます。)
まだ、ママとして店をはじめて一ヵ月くらいで
これから頑張ってやっていくんだという決意。
そのいきさつやらいろいろ話をして、
それがきっかけで通うようになった。
今ではその九州生まれで陽気なママのカヨさんに、
料理のうまいエミさん(右の人)、
ちいママ的な存在のトモちゃん(左の人)、が加わり
看板三人娘としてそれぞれが役割をもってバランスよくやっている。
とにかく明るい。ここの魅力はこの看板三人娘。
(といっても、右のお二人は娘と呼ぶには失礼にあたるけど。)
だから、客のほとんどが男、男、男。女性客はほとんどみたことがない。
それとエミさんのつくる料理がうまい。
(ママのカヨさんもじつはうまい。最近知った。)
それに加えて日本酒の品揃えがいい。
日本酒については常連のアオちゃんが協力してることもあって
ときどき、珍しい地酒がある。
(これでカラオケがなければいいんだけどなぁ…、わがままですが。)


