精霊流し

【2014年8月15日のスケッチをリニューアル】

島原

お盆。
長崎の島原では
お墓に線香と花を供えたあと、花火をあげる。
墓地一帯にヒューン、バチバチッと花火の音と煙、
硝煙の匂いが立ちこめる中、にぎやかに故人を迎える。
8月15日はクライマックス、精霊流し

親戚縁者から故人への思いを託した切子灯籠を
まだ陽の高いうちからひとつひとつ精霊船に飾り付ける。
夕刻、あちこちの町から精霊船がいっせいに、出発。
メインステージに集まる。

長崎のお上品なのとは違って
さだまさしの歌のイメージとはほど遠く
ここ島原のは少々荒っぽい。
ババンッ!バババンッ!
まわりの兄ちゃんたちは、
その精霊船めがけて爆竹を投げる。
一杯ひっかけて酔いのまわった担ぎ手たちは
それをかわしながら
「ナマイドー!ナマイドー!」と声をかけ
お巡りさんの誘導をときに無視したりして
酔った足取りで町を練り歩き、海へ向かう。

渡し場からゆっくりと沖へ向かう精霊船の灯りを見送りながら
改めて故人を思いうかべるその瞬間、
いままでの熱気は失せ、寂しさが一気にこみ上げてくる。

母の故郷、島原。
16年前、99歳で亡くなった祖母の初盆で
初めて法被を着て精霊船を担いだ。
来年の精霊流しは、先月に亡くなった叔父の初盆になる。


島原の精霊流し
http://www.youtube.com/watch?v=PguFNUKPD1Y



テーマ : 国内旅行記
ジャンル : 旅行

tag : 精霊流し 精霊船

7月3日(木)〜5日(土) 長崎県 島原

島原鉄道』南島原駅付近
島鉄02

諫早駅を出てしばらくすると
左側の車窓いっぱいに海が広がる。
ベタ波の遠浅で人気のない海岸線を
1両編成の電車がコトンコトンと走る。
16年ぶりの島原。
車庫


船だまり
南島原駅を降りて少し歩くと
左に民家に囲まれたような小さな船だまりがある。
昔から変わらないここの光景がいい。

広馬場を過ぎ、しばらく歩くとゆるい坂道になる。
かつてそこにあった母の実家で私は産まれた。
人がこの世に産まれて初めて呼吸して
取り込んだ酸素はいつまでも肺の中に残り続けると
なにかの本で読んだことがある。

『浜の川湧水』
浜の川
※浜の川湧水/ゴゥゴゥと涌き上がる水を飲用から食器洗いまで順々に区切られている
島原は湧き水の宝庫。
町を歩いてると
ゴゥゴゥと湧いてくる水の音が聴こえてくる。
その水が流れる水路には鯉が泳ぐ。

『鯉のおよぐまち』
鯉


銀水
銀水

子どもの頃の夏休み、
いとこたちとここで『かんざらし』を食べた。
かんざらしそのもののような白いおばあちゃんが
透き通るような白い手でタイル貼りの水槽から
掬ってくれるシーンをいまでも憶えてる。
ここ『銀水』はとっくに店を閉めてるけど
その味は引き継がれて
いまや、島原の名物になっている。
※かんざらし/餅米で作った白玉をシロップに浸けて食べる。


※思い出の島原鉄道南線 キハ20形がゆくより

。。。。。。。。。。。。。。

叔父の訃報で
久しぶりにいとこも集まり
叔父の昔話を肴に吞むことができた。
夏休みになるといっしょに
海へ行って遊んだ。
当時、小学生だったいとこたちは
いいオジさん、オバさんになっていた。



テーマ : 日々のつれづれ
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tag : 島原鉄道 銀水

旅の思い出 宮崎(2007年5月)

宮崎

2007年5月
宮崎県『定置網漁

宮崎の網元を訪ねる。
地元で『ぶり御殿』と呼ばれる
お邸の敷地内にある船着き場から漁場に出る。
獲った魚はそのまま船着き場にある工場で
捌かれ出荷される。

グルメ番組とかでは見たことあったけど
自分が体験できるなんて思わなかった。




テーマ : 旅日記
ジャンル : 旅行

12月18日 宮崎県庁

フェニックスや大きなサボテンのある南国情緒たっぷりの前庭に、
重厚でクラシックな建物という妙なマッチング。
宮崎県庁

ことし5月以来、2回目の宮崎。
3日間で、宮崎の特産品の生産者をいくつか取材して廻った。
その中には、いまや宮崎のトップセールスマンとなった
知事への取材も含まれていた。

取材の前日に課長クラスの人と事前打合せをしてから
取材本番へ臨むという段取り。
その日、取材は7件はいってるという。
1件15分が基本で、この取材に30分時間を割いてくれるのは異例です。と
県庁の人は語っていた。

知事室で取材、撮影が始まるまでには
知事室のひとつ手前の応接室で待ち、さらにその前は秘書室で待ち
そしてさらにその前は廊下のドア前で待つという
一コマづつしか進めない、すごろくのように
取材チームは順番待ちする。

前日から入ってるので、知事室のドアを開けて
接見したときは、やっと会えた〜ッ。という気分。

県庁は昭和七年にできた。
外観、内観ともにクラシックで格調のある建物だ。
門のところにも地元のテレビ局らしいクルーが陣取っていた。



kenchou1

開かれた県庁というか、東国原効果か、
観光客がぞろぞろとガイドに引き連れられ
知事室の前の廊下をきょろきょろしながら歩いていた。
フェニックスのある前庭では、記念写真をとる観光客だけでなく
地元の幼稚園児たちが、のどかに日なたぼっこしていた。

5月10日宮崎 定置網漁

日向灘

宮崎県の網元の家に伝わる
もてなし料理の取材で定置網漁を体験することに。
朝6時出港の時間に合わせて、
前泊の日向の宿をでて延岡にある網元の邸へ。
邸の目の前に船着き場がある。
若い漁師、ベテラン漁師合わせて10人くらいが乗船。

「おはようございます。よろしくお願いします。」と

挨拶しながら漁船に乗り込み、いざ出航。
日向灘沖、朝の日差しに向かって船はゆく。20分ぐらいすると
そこの先々代が大正時代にブリ漁のために考案したという定置網の漁場に到着。

網の袋小路になった先の部分に
ひとまわり小さい漁船が網の先を確保し
2、3百メートルくらい(?)離れた入口側から
母船が船体を横にしてゆっくりと
網を手繰ってはおろし手繰ってはおろしを繰り返しながら
魚たちを追い込んでゆく。
母船側から網を手で手繰る人、機械で手繰る人。
小船側から網をしっかりと確保する人。
それぞれに役割があって
それぞれが呼吸がしっかり合ってないと
網の面積がバランスよく狭まっていかない。

漁船と漁船の間が2、3メートルくらいになると
魚たちがピチピチ跳ねながらうごめきあってる。
その日はあいにくと
大物は大きな鯛が7、8尾ぐらい。
あとはイワシ、アジなどの小魚。
ほうぼう、太刀魚の小さいのもいた。
大漁か不漁かは網を揚げるまでわからないとのこと。
かつて、その昔は1回の漁でブリが何十本も揚がったらしい。
その中で1メートル50センチくらいの赤い細長い魚が
網の中で8の字を描くように勢いよく動き回っていた。
あとで聞くと海ヘビということだった。
ときにはマンタ、サメ、マンボウなどの珍客がかかることも。

若い漁師

中でも最年少らしき漁師が鯛をもってポーズをつくってくれた。

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テーマ : 旅日記
ジャンル : 旅行

12月10日 鹿児島

桜島2
取材3日目
昨夜の黒豚のビタミンBが効いたようで
スッキリと目覚めて撮影に。

桜島も朝はすっぽりかぶっていた雲がきれいになくなり
陽がだんだんと西へ廻るにつれて
桜島への日差しも逆光から少しづつ順光に変わり
山肌の彫りの深さがくっきりとして
堂々たる勇姿をあらわしてきた。
地元の人がいうには、桜島は
一年のうちでは夏がいちばんよく見えるという。

昨年春にできたという、ドルフィンポートで
桜島を眺めながら昼ごはん。
前が芝の公園になっている。

12月9日 熊本から鹿児島へ

熊本市電

取材2日目
午前中、ときおり小雨が降る中、
取材先の営業の方に案内され熊本の町を撮影。

市電の上熊本駅にレトロなデザインの車両が停車していた。
裏側に古い建物のJRの駅舎があり
その一部を保存することになっている。

市内を市電がトコトコ行き交うことで、
町のリズムがつくられてる。

熊本での撮影を終えて
クルマで鹿児島へ移動。

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じつは、油断して薄着してたからか
朝からずっと悪寒とゆるい吐き気につきまとわれ
皮肉にも熊本での昼食は昨日に続き、
取材先S社のご好意で馬刺しづくし。
夜は鹿児島で取材先M社のご好意で黒豚づくし。
この豚しゃぶのスープを飲めば一発で治ると
社長からすすめられ無理して体に流し込んだ。

12月8日熊本 「グッタイム・チャーリー」チャーリー永谷さん

きょうからレギュラーの仕事の取材が始まった。
朝の飛行機で羽田から熊本へ。

取材1日目
熊本にあるS社とF社、2件の取材を終えて、市内の繁華街へ。
下通りのアーケード街というのがとにかく広い。そして天井が高い。
そこへまた、人がいっぱい。
公務員のボーナス日ということで、一年で一番か二番目に人出の多い日です。と
同行した取材先のF社の営業マンが言ってた。

晩ごはんを食べた後、今日の取材でお世話になった
お菓子メーカーF社の社長の友人がやってる
カントリーのライブハウス「グッタイム・チャーリー」へ。

ちゃーりー

その友人、チャーリー永谷さんは
かつて、60年代から日本や東南アジアの米軍キャンプで演奏活動していた。
その後も、キャノンボールというバンドをひきいて音楽活動を続け
カントリー音楽の普及に貢献したということで
クリントン大統領から夕食会に招かれたこともある。
日本よりもアメリカでのほうが知名度が高い方。

そのうち同行したF社の社長がスチールギターで飛び入り参加。
時々、深夜ここでスチールギターを演奏することで
明日へのエネルギーを充電してるとのこと。

チャーリーさん、ノビのある声で
カントリーをエネルギッシュに歌いまくる。
また、バイオリン弾いてるバディ白石さんがシブく光ってた。
ライブの後は、気さくにこちらの会話の中に入って談笑タイムになる。

このチャーリーさん率いる「キャノンボール」からは
いままでに80人くらいのミュージシャンが巣立っていったそうです。

店内は、アメリカンなグッズがびっしりと飾られていて
客層も年輩の方が目立つ。
アットホームで楽しい店。

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テーマ : 旅行記
ジャンル : 日記

tag : グッドタイムチャーリー

崇福寺・興福寺

長崎の唐寺「崇福寺」1629年創建。
崇福寺
昨年の7月に取材で長崎・五島を訪ねたとき
無事に取材を終えて観光タイムになったとき描いたスケッチです。
朱色の三門が目立つ、別名赤寺とも呼ばれるそうです。

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興福寺の「けっ魚」
けっ魚
「崇福寺」から少し歩いたところに「興福寺」がある。
けっ魚とは、
お坊さんたちに食事の時間などを告げる際、
叩いて知らせたもので、長い年月、叩かれ続け
腹の部分がすり減っていた。
「いんげん豆」ってここ興福寺に住職として滞在した隠元禅師が
日本にを伝えたそうです。


自己紹介

ともぞう(いけだふみのり)

Author:ともぞう(いけだふみのり)
1本のエンピツと
紙きれがあれば、
人を描く。

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