8月19日 倉敷

2泊3日の短い夏休み。
5年ぶりの帰省。
今回の目的は亡父の墓参り。
今年が三十三回忌。
母、弟・妹、甥・姪 久しぶりの対面。
歳を積むにつれ、それぞれが事情を抱えているので
全員が一同に揃うのはなかなか難しい。
今回も結局、全員揃わなかった。
自分の後を追うようにオジン、オバンへ向かう弟・妹。
大人へ少しずつ近づいていってる甥・姪。
毎年会うたびに小さくなっていく母。
こうして、世代交代がジリッジリッと進行している。
町も、自分が暮らしていた30数年前までとは
すっかり様変わりしていて、もう別世界。
新しくて広い道路があちこちにできて。
かつてここになにがあったかも思い出せない。
故郷へか帰るといつも感じる
ちょっとしたさびしさみたいなもの。
かつて自分がいた場所が朽ちて消えかかっていたり、
別世界になって痕跡すらなかったり、
自分の頭の中にとどまっているシーンは
ほとんどが遠い過去の幻影になっていて
自分の居場所がもうそこにない。
たぶん住むことはないだろう故郷に
帰るたびに感じる。
12月11日 伊勢
取材4日目
昨日夕刻、鹿児島から空路でセントレアへ。
そこからレンタカーで伊勢へ。
午後9時ホテルにやっとチェックイン。
晩メシヌキでの移動で、
ホテルに着いたらゆっくり生ビール呑みながら
美味しいものを食べようと思ってたのが
その時間、周辺に食べるところがない。しかも真っ暗。
探索しているうち、ジャスコを発見。
酒と食料を調達してホテルの部屋へ持ち込んで夕食。というよりも飲み会に。
今回初めていっしょに仕事する編集のizuさん、
いつものカメラマンtakaさんと3人で
深夜まで語り、いい時間を過ごすことができた。
昔、大阪時代、よくみんなで金出し合って
酒や缶詰、惣菜を買ってきてアパートの一室で
語り明かした頃を思い出した。
取材やロケ撮影で
メンバーと息があってると
仕事が効率良く運ぶし、アフターが楽しい。

赤福本店/伊勢おはらい町
表にある大きな釜が日差しを浴びて輝いていた。
店の中では、お姉さんたちがキビキビと仕事していた。

さぞ、年輩の熟練した職人さんがつくってるのかとおもったら、
まだ若いお姉さんたちが餡をまぶしていた。
(ただ、前段階の素材づくりの工程は
たぶん熟練の職人さんがつくってると思う。)
朝からひととおりの取材、撮影を終えて
午後やっとゆったりとした気分で、
伊勢のイメージ撮影もかねて
おはらい町、おかげ横町を散策して内宮へ。
初めての伊勢神宮参りでした。
夕刻、名古屋まで戻り新幹線で帰浜。
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昨日夕刻、鹿児島から空路でセントレアへ。
そこからレンタカーで伊勢へ。
午後9時ホテルにやっとチェックイン。
晩メシヌキでの移動で、
ホテルに着いたらゆっくり生ビール呑みながら
美味しいものを食べようと思ってたのが
その時間、周辺に食べるところがない。しかも真っ暗。
探索しているうち、ジャスコを発見。
酒と食料を調達してホテルの部屋へ持ち込んで夕食。というよりも飲み会に。
今回初めていっしょに仕事する編集のizuさん、
いつものカメラマンtakaさんと3人で
深夜まで語り、いい時間を過ごすことができた。
昔、大阪時代、よくみんなで金出し合って
酒や缶詰、惣菜を買ってきてアパートの一室で
語り明かした頃を思い出した。
取材やロケ撮影で
メンバーと息があってると
仕事が効率良く運ぶし、アフターが楽しい。

赤福本店/伊勢おはらい町
表にある大きな釜が日差しを浴びて輝いていた。
店の中では、お姉さんたちがキビキビと仕事していた。

さぞ、年輩の熟練した職人さんがつくってるのかとおもったら、
まだ若いお姉さんたちが餡をまぶしていた。
(ただ、前段階の素材づくりの工程は
たぶん熟練の職人さんがつくってると思う。)
朝からひととおりの取材、撮影を終えて
午後やっとゆったりとした気分で、
伊勢のイメージ撮影もかねて
おはらい町、おかげ横町を散策して内宮へ。
初めての伊勢神宮参りでした。
夕刻、名古屋まで戻り新幹線で帰浜。
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10月19日 和歌山

取材4日目、やっと最後の日。
朝、早起きして、ひとり散歩にでかける。
ホテルの目の前に和歌山城がある。
見知らぬ人々と「おはようございます。」と
あいさつを交わしながら天守閣へ辿り着く。
「おはようございます。」とひと言かわすだけで
いい一日が迎えらるような気にさせる。
門の前の広場では、お年寄りがたむろしてた。

昨日早朝、レンタカーで名古屋を出発。
滋賀での取材を終えて夜に、和歌山到着。
夕食は和歌山ラーメンの「井出商店」へ。
地元はもちろん、
新横浜のラーメン博物館にも出店している人気店。
スープは豚骨醤油系で濃いんだけど、魚系(鯖?)の出しも効いてるからか
あとがサッパリしてる。
もう少し麺にコシがあればと思った。
地元の方から聞いたところ、
和歌山ラーメンはスープが濃いことから
昼間は食べる人が少ないので、たいがいの店の営業は夜とのこと。
それと、ラーメン屋なのに鯖の押し寿司がメニューにあった。
これも和歌山ならでは。
和歌山は醤油の発祥地だそうです。
それと、家庭でのお酢の消費量は日本一だそうです。
旅は先生です。
日本全国、年寄りは朝が早い。
朝のスケッチは気持ちいい。
描く対象に集中しやすい。
まわりを気にすることなくペンを走らせた。
ホテルへ戻り朝食をとりながら
下を見ると、制服にヘルメットをかぶった
中学生の女の子数人がお城のお堀端を
朝の日差しを浴びながら
自転車でそろって通学してる光景がみえた。
清々しい気持ちにさせてくれた。
なんでもないふつうのことなんだけど、
うちの近所の中学生たちには
残念ながらそれが、ない。
(続きあり)
10月18日 琵琶湖畔

取材3日目
名古屋の某ビジネスホテルのセットになってる朝食は、モスバーガーだった。
さびしい朝食をすませて
レンタカーで一路、滋賀へ出発。
目的地は琵琶湖西岸の高島市、かつて近江商人で栄えた町。
予定より早く出発したので途中、琵琶湖畔でひと休み。
シーズンオフの海水浴場というかんじで、
ゆっくりと波音を聴きながら
浜辺でくつろいだ。
むこうに竹生島がかすんで見える。
古くから信仰のあった宝巌寺と竹生島神社がある。
大阪にいた頃、
山陰を旅したメンバーのうちの6人で、
ときどき深夜まで行きつけのミナミのバーで呑み
そのままみんなでアパートに雑魚寝するというパターンがあった。
ある朝、みんなで竹生島へいこう。といいながらその日は行けずに
また別の日も結局いけずにそのままいくことはなかった。
竹生島は自分の中では
ひとつの忘れ物のような存在になってる。
10月16日松江 宍道湖

きょうから4日間、取材です。
1日目は松江。
9:40am出雲空港着。
レンタカーで松江市内へ
シャッター商店街という言葉があるけど
松江市内も同じくで、軒並みシャッターが降りて閑散としている。
この光景は、どこいっても目にする。
自分の住んでる近所の商店街も然り。寂しい限りだ。
ひととおり取材・撮影を終え
夕方に予定していたメインの撮影が
明日朝イチに繰り越したので
宍道湖へ、夕日ウォッチング。
嫁が島越しの夕景スポットに
平日にもかかわらず2、30人くらい人が
夕日が沈む様子を見守っていた。
西の空が薄い青から鈍い青になり
少しづつ赤味を帯びてグラデーションができる。
まんまるの夕陽が山の稜線にかかると
刻々と丸いカタチが山のカタチに削られ
最後はスルッといなくなった。
20代の頃
グループで山陰の旅をしたことがある。
そのときもやっぱり同じ場所で
夕日が沈むのをみた。
そのとき宿泊した湖畔の小さな古い旅館が
当時のまま営業していた。
あれから30年経ち
結局、そのときのメンバーそれぞれが
別々にいまは、よき父となり、母となっている。(たぶん)
