10月26日 板橋「よし田」

きょうの昼ごはんは「鴨なんせいろ」。
地下鉄都営三田線・志村坂上駅から一里塚の交差点へ出ると
古くて、しっかりとした日本家屋の斎藤金物店がある。
手入れが行き届いたきれいなガラス戸越しに、商品が清潔に並んでいる。
その斎藤金物店の前を通り、中山道を板橋方向へ歩くと左手に
割烹料亭のような一軒屋がある。
蕎麦屋の「よし田」。地番でいうと板橋区小豆沢になる。
のれんをくぐり、玄関の引き戸をガラガラと開けて
座敷きに上がると左側は厨房を囲むように
L字型のカウンターになっている。
右側は足下が堀になったテーブルがあってその向こうには
たっぷりとした縁側があり落ち着いた、和の空間になっている。
ここの蕎麦がうまい。
せいろでつけそばか、汁そばか、
鴨南、かき揚げ、ねぎ。どう食べてもうまい。
また、食べた後のつゆをそば湯で割って飲む。それまでもがうまい。
銀座の七丁目あたりにも古い蕎麦屋「よし田」がある。
聞いたところ関係はないとのこと。
レギュラーの仕事の撮影で、月に数日間は小豆沢に通う。
そこで昼ごはんは、ここでそばを食べる。
この撮影でイチバンの楽しみ。
だいたい10人前後で押し掛けることになるので
なかば貸切状態になる。
夜は一度しかいったことないけど
旬の素材をつつきながら日本酒を呑む。
ゆったりしたと一軒家の座敷の落ち着いた雰囲気の中で過ごせる。
9/13 きょうの弁当 他人関係

朝の9時40分頃、
東急東横線/横浜駅のホームの4両目に並んで特急を待ってる、
ファッション関係の仕事してる風のAさん。
いつも帽子を被ってる。
きょうは、白いタオル地のハンチング。
浅黒い顔にコントラストが効いていた。
渋谷宮益坂の郵便局付近で
キャリータイプのスーツケースをひきずりながら
体を10度くらい傾け、毅然とした視線を放ち、
渋谷駅に向かって、早足で歩いてるべっぴんのBさん。
たぶんCA。とにかくいつも急いでる。
なにかに追われてるかのように。
うちの会社のすぐそば、
渋谷1丁目のビルに勤めてる
頭を剃ってて、コンパクトにヒゲをはやしてるCさん。
いつも背筋をさっそうと伸ばして歩いてる。
体育会系営業マンってかんじ。
この方との他人関係は長い。
名前も知らないし、
話したこともないし、まったくの赤の他人なんだけど
出勤の道中、よくみかける方たちです。
今朝はAさん、Bさんと遭遇しました。
先方はこっちのこと知ってるかどうか、わかんないけど
自分としては、知り合いに近い感覚をもってます。
もしかしたら、逆もあって
こっちは、まったく知らないんだけど、
あなたよくみかけますよ。という人がいるかも。
昔、恵比寿に仕事場があった頃
ラーメン屋/香月のそばにあったあるバーへ、
一見で入ったとき。
初めてなんで…、と挨拶したら、
バーテンダーから、
あなたが店の前を歩いてるのを
私はなんどもみかけてました。
と言われ、それがきっかけで、その店の常連になった。
8/31 きょうの弁当

いま、新潟の越後妻有というところで
9月10日まで、『大地の芸術祭』が開かれています。
http://www.echigo-tsumari.jp/index.html
先日、新日曜美術館でも取り上げられていました。
内容はタイトル通りスケールのでかいイベントなんだけど
ひとつひとつの作品は、
素直で、素朴で、わかりやすい。
作者のエネルギーや想い、つくってるときの楽しさまで、
たっぷり伝わってきました。
地元のおばちゃんたちも
いっしょになってこしらえたものが作品の素材になっていたり、
廃校をそのままキャンバスにしたりと
村そのものがひとつの媒体になった面白い芸術祭です。
小学校、中学校と進級していくうちに
図画工作の時間は減っていく。
モノを作ってるときのあの無心な
ひとときをみんな憶えてると思うんだけど、
小学生の頃、科学の付録を
ワクワクしながらつくった、あの感覚。
そのうち、大人になると
なかなかそういう時間を作らなくなってる。
でも、いま大人の科学とかが売れたりするのは
そういうなにかくすぶってたものが
わきできてんだろうなぁ。
Today's lunch

高校野球が終わりました。
ということは、夏休みもそろそろ終わりに。
三沢対松山商以来の決勝戦が再試合ということで、
北国のエース太田の力投を思い出します。
当時、中学生でした。
高校野球のシーズンになると
セミの鳴声、扇風機の小さなブーンとした音、
ウグイス嬢のアナウンスをききながら、ごろ寝して見てた頃。
冷房の効いた喫茶店で
アイスコーヒーの氷をストローでかきまぜながら
インベーダをピュンピュンしてTV観戦してた頃。
昔の夏の光景を思い出す。
故郷岡山をでて、大阪、東京、横浜と移って
33年経ったいまでも
応援するのは、いま住んでる横浜ではなく、
郷土の岡山県勢です。たぶんこれからもずっと。
ただ、岡山県勢が敗退すると(もうみないんだけど)
その半分くらいの勢いで横浜勢を応援します。
住めば都とは、ちょっと違うんだけど、
今にしておもえばいつ頃から、
横浜勢を応援するようになったか。
気がつかないうちに一年、一年、少しづつ
愛着度の目盛りが高くなってる。
もしかしたら、いつか郷里の岡山勢よりも
横浜勢を一番に応援するときが来るんだろうか。
いろんな背負ってるものが
郷里のそれをはるかに上回った時、そうなるのかも。


