6月30日 上野の森美術館『井上雄彦最後のマンガ展』

雨の月曜日、
通勤電車のJR京浜東北線に乗り
横浜で降りずにそのまま上野へ。
上野の森美術館で開催中の
『井上雄彦最後のマンガ展』にいった。
というか、いけなかった。
10時30分頃、JR上野駅に着きそのまま上野公園に入ると
長ーーーーーーーーーーい、行列があった。
まさか、とおもったらそのとおりで、
行列の最後尾の係員から、
入場券を買ってから並んでといわれ、入場券売場へ。
売場の窓口は空いていて、すぐに買えそうだったけど、
一応、係の人に今からだとどのくらいで入場できるかと聞いたところ
「ん…、3時間くらいですかねぇ。」
…、迷うことなくあきらめた。
やはり、あきらめ組なのか
大きなポスターのまえで女の子二人連れが写真を撮っていた。
井上雄彦!
スラムダンクもバカボンドも
マンガとして楽しんだことはないけど
小雨まじりの月曜日というにこの行列。
ここまで人を引きつけるのかと
絵師としての大きさを実感した。
洞爺湖サミット直前だからか
上野駅周辺は制服の警官があちこち目についた。
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(追記)
前日の日曜日に会社のスタッフがいったところ
当日の入場券を買うためだけの長い行列に並び
結局、自分たちの順番がくる前に
当日の入場定員に達したため
2時間もならんで、入場券を買うことすらできなかった。
6月20日 自由が丘『桃と蓮』

1年ぶりに『桃と蓮』が復活した。
東横線自由が丘と目黒線奥沢の間、奥沢神社の向かいの一角。
世田谷区奥沢2丁目。
渋谷1丁目で初めて『桃と蓮』を開いたのが、3年前の七夕の日。
それから2年間の営業で昨年7月、一旦幕を閉めたあとのオープン。
きょうは渋谷『桃と蓮』での常連さんへのお披露目会で
久しぶりの再会の場になった。
なかには、短い間ながら『桃と蓮』で知り合ったのんべい仲間で
親睦会的なグループもできていて、
yoshiがマスターとして立つ、きょうのこの日を待っていた。
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追記(6/26)

オープン4日目。
お客は渋谷時代の客が数人だけの静かな店内。
自由通りを通る人たちは横目でみながら通り過ぎていく。
その中に、いつか常連さんとして通ってくれる人もいる。
一応、一日に一組、二組は一見さんがきてるとのこと。
3年前、渋谷でオープンしたばかりの頃を思い出した。
どうやったら客が入ってくるかと
yoshiと看板の見え方、照明の明るさ、メニューを表にだしたらとか
いろいろ思案したこともあった。
そのときは、あの繁昌ぶりは想像もつかなかった。
6月18日 神宮前

5月の連休からこっち、ずっと腰痛が続いていた。
そこへきてこの前の観劇での2時間座りっぱなしがきつくて、
翌日の日曜日は寝たきり状態だった。
月曜日、休むこともできずに出勤。
社長から教わった近所の鍼灸屋さんへ。
そこは小さな5ミリくらいの三角形の色チップをリンパに貼り、
その色のもつ波動で治療する。
スピリチュアルな話から、念で雲を消すという話まで
いろいろ不思議な話を聞きながら治療を受けた。
たしかに治療直後はラクになったけど
ゆっくりと症状が70%くらいもとに戻っていった。
翌々日、千駄ヶ谷小学校のそばにある鍼灸屋さんを思い出し訪ねた。
ちょうど20年前の2月、明日からグァム旅行へ旅立つという前々日に
ギックリ腰になって動けなかったのが、イッパツで治った経験がある。
ただ今回は腰痛を長くほっといたからか、イッパツでは治らないようで
会社なり、電車なり椅子にしばらく座ったあとは
体をまっすぐにタテることができず会釈状態が続く。
しばらくは今の先生を信じて通うことにする。
(しっかし、絵にするとジジくさい…。)
6月14日シアターX(カイ) 『アチャラカ荘の人々』

両国にあるシアターX(カイ)へ芝居をみにいった。
『アチャラカ荘の人々』
戦後から昭和40年代にかけて、東京の下町に実在したという
芸人たちが住んでいたアパートを舞台にしてにつくられた喜劇。
奇術師、腹話術師、浪曲師、ストリッパーなどいろんな
芸人たちのアパートでの市民としてのおかしな暮らしぶりと
芸人として舞台にたって芸をみせるところとが
いったりきたりとダブルで楽しめた。
あっという間の2時間だった。
奇術師を演じた矢野陽子さんとは
20数年前、勤めていた会社で知り合った。
当時、撮影や仕事の進行とかのコーディネーターとして勤めながら、
声優や役者業もこなすというバイタリティのある人で
いつも明るい声で語り、いっしょに話してるだけで
なにか人をほっとさせる空気みたいのものが
矢野さんのまわりにはただよっていた。
今回(7、8年ぶりくらい)矢野さんに会えた。
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矢野陽子さんのプロフィール
http://biz.sbrain.co.jp/keyperson/K-6996.htm
http://www.news.janjan.jp/culture/0511/0510310574/1.php
6月10日 都営新宿線 カルテット

午後2時33分、都営新宿線本八幡行き『岩本町』付近にてスケッチ。

ずっと前から気になってたこと。
駅のホームによくある5人がけの椅子。
とくにJR系に多い。
駅のホームで10分、15分待つ状況では
5人が座るには椅子と椅子の間隔が狭すぎる。
座りたくても「まっ、いいか…。」とがまんしてしまう。
知らないもの同志5人が、
肘をすり合せながら座るのはむずかしい。
1席づつ開けて、せいぜい3人までしか座れない。
残る2席は荷物置き場ぐらいにしか使われてない。
それならいっそのこと、はなっから3人用にすれば
左右の全長も、少し短くできるのでかなりのコスト削減になる。
それか、同じ左右の全長で4人掛けにする。
それでも椅子1脚分のコストが削減になる。
ただ、4は縁起がよくないとかでつくらないのかも。
この椅子を作った制作者や設置した企業は
人の平均的な体型のサイズを元に
物理的にこれだけあれば座れるというとこまでしかできてない。
デザインができてない。
この椅子がおかれる環境に人がどういうキモチで座るのかが想像できてない。
むかし、ロンドンの地下鉄のホームにあった椅子が
隣との距離が十分にとられていた。
椅子文化の歴史が長いからなのか。
5月某日 都橋商店街『さつき』

いま、都橋商店街でいちばん新しい店『さつき』。
今年の1月開店。
もともとこの界隈で客だったYさんが
娘さんをママとして始めたベッピン母娘の店。
週に金・土・日の3日だけの営業。
(このところ金・土のみ)
ここのしくみ1つめ、焼酎をキープすると目の前で、娘ママがボトルに
サラサラッと似顔絵を描いてくれる。
その秀逸なデフォルメの技に描かれた本人は
一瞬、うれしいようなうれしくないような気分になる。
このところ、娘ママは本業の漫画家業が忙しいようで姿をみない。
ここのしくみ2つめ、
お通しとして、母ママ手づくりの献立が3品、順番にカウンターに並ぶ。
それが一品、一品きちんとできいて、ごはんが食べたくなる。
きょうは、肉じゃが、魚の煮付け、茄子の辛子和え。
いつも堂々としていて、
少々の地震がきてもそばにいれば安心できそうな
落ち着いた笑顔で客を包んでくれる母ママ。
飛行機に乗っていて墜落しそうに大きく揺れたとしても
この人が「大丈夫だから。」とつぶやけば、
たぶんほとんどの人が安心できると思う。
ところが、神様は人をバランスよくつくってくれてるようで
むかしOLの頃のある日、きちんとスーツを着てコートをはおって出勤した。
(つもりだった。)
会社に着いて更衣室でコートを脱いだとき気がついた。
その日の朝、身支度していてなぜかコートのことが気になって
そのコートで頭がいっぱいになってたようで、スカートを履いてなかった。
また、ある休日、歩いてるとすれ違った母親に手をひかれた子どもが
「お母さん、あの人、なにか頭についてるよ。」
という声が聞こえた、
ふと頭に手をやるとカールを2本巻いたままだった。
そこで自然なそぶりで、フ〜ン♪と鼻歌まじりにカールを外した。
という可愛らしさのある素敵な人です。
5月30日 横浜野毛『侘助』

きょうの1軒め、『侘助』
雨降りで空いてるかと思ってたら、囲炉裏席にはもう二人連れが、
カウンター奥には背広姿のオジサン三人組で埋まっていた。
カウンターの手前側に席をとった、そのうちオジサン三人組は引き揚げ
machicoママと話してると、7月にここで寄席をやるから、
演題は『牡丹灯籠』で噺家は三遊亭鳳好と聞かされてチラシをみてると
囲炉裏席に座ってる方が、その鳳好さんだとおしえられた。
そこで挨拶して、話していくうちに
先々週につづき同行した桃蓮のyoshiの
オヤジギャグ心に火がつき
なぞかけから始まり『笑点』タイムに突入。
プロの繰り出す小咄、駄洒落の合間に
甚だしい素人レベルのギャグにもならないギャグで応えた。
そのうちトサッポさんも到着したので、
看板の灯をおとして貸切状態になり、宴は続いた。
店に入ったときなんだか得体の知れない
不思議な空気をもってる人だと感じたその人が
三遊亭鳳好師匠だった。
同席していたのは鳳好さんの師匠で
三遊亭鳳楽さんと仲良しというTさん。
ここ『侘助』で何度か出入り禁止を宣告されたという御仁で
本職の鳳好師匠にも勝る勢いで、
大柄な体をゆすりながら豪快に小咄、洒落話を繰り出していた。


