『駅 STATION』 直子篇

健修正版
(1981年11月公開_2016年5月5日、BS1にて視聴)

健さんテンコ盛りの映画。
健さん好きとしては何べん見ても飽きない1本。
セリフ一つない、妻・直子(いしだあゆみ)との
切ない別れのシーンから始まる。

円谷幸吉。
1964年10月、東京オリンピック。
前回ローマの覇者アベベが
国立競技場、6万の大観衆の前に現れた。
それを追って円谷、続いて英国のヒートリー。
ゴール直前のデッドヒートで円谷は抜かれて3位に終わった。
当時、小学校4年生だった私は
悔しい思いでその光景を
自宅の白黒テレビで見ていた。

1968年1月、メキシコオリンピックまであと277日。
日の丸を再びと期待された円谷選手の訃報に日本中が驚いた。
本編では射撃でメキシコオリンピックを目指す
警察官三上(高倉健)たちが食堂でメシを食ってるところへその訃報が流れる。
雪が降りしきる函館本線銭函駅にたたずむ三上。というか高倉健。
そこに円谷選手の遺書(ナレーション)が流れる。

「父上様母上様 三日とろろ美味しうございました」
で始まるその遺書には
円谷選手の愚直なまでの生真面目さが文面ににじみ出ていた。
家族、友人知人たちに謝罪と感謝の言葉が続き、
「幸吉は、もうすっかり疲れ切ってしまって走れません」
「幸吉は父母上様の側で暮らしとうございました」
こんな哀しい手紙はない。
始まったばかりで、泣かされる。
しかも本編とはさほど結びつきがあるわけでもないのに。
今まで何度か観てるけど
ここでこんなに立ち止まることはなかった。

円谷選手が亡くなって4年後の1972年、
ピンクピクルスが唄った。
一人の道
深夜放送のMBSヤングタウンで初めて流れ
翌日、クラスでも話題になった。

※自ら命を絶った最期のとき、
 首には東京で獲得した銅メダルをかけていたという話しです。






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テーマ : 日本映画
ジャンル : 映画

tag : 高倉健

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