銀座 『日劇』

かつて有楽町には、
朝日新聞社があり、日劇があった。
日劇002

35年前の春、
大阪から上京した。

その1年ほど前、
グラフィックデザインの仕事に就いて3年め
『東京で広告をやりたい』という気持ちが
突然ふつふつと沸き起こり
ときどきミナミのバーでいっしょになる恩師に相談して
紹介されたのが、銀座にあったA社。

田舎者にとって銀座の街は、まばゆく映った。
和光のディスプレィや松屋のギャラリーで
いろんな作家の作品にふれたり、
ソニービルでサントリーのCM傑作展を観たりと
この業界、今と違って当時は時間に余裕がたっぷりとあった。
仕事時間中、資料探しとボードに書き込んで
日劇マリオンや並木座で
封切り直後の新作や、旧い黒澤の映画を観たりと
やがてくるバブルに向かって楽しい時間を過ごしていた。
その頃、トラック運転手が1億円拾ったニュースもあった。

銀座いろいろ

三原小路ガード下三州屋TARU…、

いま思えば、金もないのに
よく吞んでた。
よく吞ませてもらってた。

もし、あのとき上京せずに大阪にずっといたとしたら
どうなってたんだろう、と思うことがある。
家族を含めて人間関係、いろんな関わりが
全然違ったものになってたんだろうなぁと思うけど、
結局、出るべきときに出てきて
出会うべき人に出会ってる。
必然か。

もしかして決まってたのか…と
思ったりもする。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
【あのとき僕は若かった】
brain
(1980年11月_社内にて/当時26歳)
上京、入社2年め、
銀座1丁目にあったアドブレーンにて。
会社→雀荘→酒場の日々。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

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